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介護される側の視点②ー介護のグレイゾーン

介護には、介護される側の感覚として、言葉として適切ではないかもしれないが、レッドゾーン、グレイゾーン、ブルーゾーンの3種類があるように感じる。1.レッドゾーン‥‥サポートなしではいかんともし難いため、「サポートしてもらわなくてはならないこと」。2.グレイゾーン‥‥サポートがなくてもなんとかなるが、時間とエネルギーを要する上に、十分には出来ないことも多いので、「サポートしてもらえると助かること」。3.自分でできることだが、「サポートしてもらえるとうれしいこと」。以上、3種である。要するに、サポートの必要度合いによるのであるが、これが他者には判別しにくい。しかも、一つの行動であっても、レッド、グレイ、ブルーと3種混合であったりする。例えば、着替えの場面を想定してみよう。長袖シャツを着る場合、左手が利かない僕は、左腕から袖に通していくことになるが、その前に右のカフスを留めるのを忘れると、最後に人の手を借りて留めてもらうことになる。したがって、右のカフスを留めるという行為は、基本的にレッドゾーンに入るが、まず留めておいて無理矢理右手を通すことで構わない僕にとっては、グレイゾーンのこととなる。長袖シャツを着る時の他の行為は、すべてブルーゾーン。右手のみで多くのボタンを素早く留めていくのは疲れる(何でも右手、の僕は、夜になると箸を持つのも辛いくらい、右手に疲労を覚えることがあるほどだ)ので、人に留めてもらえるのは嬉しい。

ただ、長袖シャツを脱ぐときはまた別だ。右のカフスを外すなんて、今の僕の左手には到底無理だ。レッドゾーン以外の何物でもない。しかしそれでも、なんとか自分でと思い、ごにょごにょと左手でカフスを動かしている間に外れることもある。時折グレイゾーンに入ってくるわけだ。ただ安定していないので、自分で外せると思われてしまうと、時には右手に長袖シャツをぶら下げたままになってしまう危険性がある。

気温が上がってくると、そこに袖をめくるという行為の必要性も絡んでくる。長袖シャツの脱ぎ着だけでもこうである。面倒臭い話である。

介護疲れを軽減し、介護される側の自立を促していくためにまず重要なのは、グレイゾーンのことをどうしていくかだと、僕は考えている。申し訳ないと思いつつも、やがて甘えが強くなり、ついには権利意識まで持ちかねないのが被介護者だ。子供と変わらないのである。なにしろ、サポートしてもらわなければならないこと、サポートしてもらうと助かること、サポートしてもらうと嬉しいこと、そのすべてが被介護者にとっては、してもらわないよりはしてもらった方がいいこと。しかし、本当は自分で出来ることまでしてあげる必要はない。かといって、被介護者にとって、出来ないこと、今は出来にくいことをほったらかしにされるのは辛い。どこまで手を貸すか、いつまで手を貸すか、どんな時に手を貸すか、が肝要なのである。それによって、介護者の労力も被介護者の自立効果も違ってくるのである。そのためには、最も広く曖昧なグレイゾーンの扱い方、あるいはグレイゾーンとの付き合い方がポイントとなってくる。僕は、そう実感しているのである。

では、どうするか‥‥。正解は、きっとない。なぜなら、特に脳関連の病の後遺症は千差万別であるばかりか、日によっても症状は異なり、それによってグレイゾーンは大きく変化するからである。しかし、僕なりの仮説はある。これも患った病の重さ、リハビリの進行度合い等によって異なるものであろうが、次回、提示してみたい。

  60sFACTORYプロデューサー KAKKY(柿本)

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