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意識がよちよち歩きを始めた年ー1963年①

1963年。前年度に目覚めた島根県益田市横田町の少年の意識が、よちよち歩きを始めた年。人の意識は、外界からの刺激に反応することで変化し、成長し、時には崩壊していくものだ。重層的に襲ってきた1963年の刺激は、僕の無意識下にあった様々な欲求を掻き混ぜ表出させた。僕は、ちょっと戸惑いながら、欲求や感情のカオスに身を委ねていた。心が乱れることはなかった。貴重な青春の第一歩だった。

冬。豪雪だった。雪深いイメージを持たれがちな山陰地方だが、島根県も西部に至ると雪は少ない。特に海岸沿いは、積もることも少ないくらいだ。しかし、1963年は違った。ある日しんしんと降り始めた雪は、一晩で玄関の引き戸が開けられないほど積もった。そして、降り続けた。道路には、雪に階段を刻んで出なければならず、初めて経験した雪下ろしは、日課になっていった。米屋の哲ちゃんが、「親父が埋もれた~~!」と、裸足で駆け回り、近所の大人が総出で米屋の中庭にあったトタン屋根の鶏小屋の辺りの雪の山を掘っていると、「わしが埋まったって~?」とくわえタバコで哲ちゃんの親父が帰ってくる、などという事件も起きた。学校は休みとなり、すべての坂道はスキー場となった。竹スキーの作り方をみんなが覚えた。ハニーナイツの「オーチンチン」の歌詞にあったように、雪におしっこで名前を書いたり、顔を新雪に押し付けて顔型を取ったり、カマクラの中でわざわざ餅を焼いたりした。そのすべてに飽き飽きとしてきた頃、青年団の活躍で、道路に踏み固められた雪は、スコップで切り取られ、トラックに載せられ、橋の上から川に流されていった。雪のなくなった道路と家々は、妙にくすんで汚かった。増えた日課から解放されほっとしながらも、どこか寂しく、子供たちも沈み込んで見えた。

しかし、春が来ると様相は一変した。僕の心からも、降り積もった雪やその後のくすんだ町の景色は掻き消えていた。布団蒸しにされ出席番号で白状させられた初恋の人が、僕に好意を持っていると聞かされたからだ。校庭の端の桜の古木。大きく二つに分かれた幹に腰掛けながら、少し寒いくらいの春の風を、「もっと吹け~!」と思いながら浴びていたのを思い出す。ビートルズの「抱きしめたい」を始めて耳にして間もない頃だった。

ただ、残念ながら、彼女とはクラス替えで別れ別れ。放送委員になったと聞きつけ、無理やり放送委員になったものの、顔を合わせることは少なく、言葉を交わすこともなかった。でも、僕は満足だった。ふっと僕の前で踵を返す時の彼女の微笑んだ横顔やスカートのひらめきなどの向こうに、僕への好意があるように思ったりしていた。もちろん、些細なことが大きな不安を残すこともあった。そのどちらも抱え、僕は毎日音楽を聞いていた。少しだけ英語の歌詞が理解できるようになっていた。

最高の夏休みがやってきた ‥‥ つづく(②へ)。

    60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

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