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1963年。記憶の年。

島根県益田市。山陰の小都市である。林業、漁業、商業がささやかに栄える海辺の町。いやむしろ、川沿いの町と言った方がいいだろうか。高津川、益田川という二本の川が中国山地から日本海に注ぐ、河口デルタ地帯に形成された農業を主体とした町が、地理的特性から様々な役割を果たし始めていった、と考えた方が適切かもしれない。山の幸、川の幸、野の幸、海の幸に恵まれた、本来豊かで、豊かだからこそのどかなエリアである。小学校1年間、中学・高校6年間を益田市で過ごせたことは、僕にとってはありがたく、幸せなことだった。

1961年~1968年。所得倍増計画がスタートし、消費文化が花開いていった、その真っ盛りである。モノが次第に身辺に登場し始め、それにつれて、僕自身の内なる欲望も肥大化していっていた時代。「安かろう悪かろう」と言われていた日本製品が良質化へと変革を始めていて、それを少しずつ知り始めた僕たちに誇りをもたらしてくれていた。日本は、立派な国だ。日本人は、よくがんばる国民だ。1963年頃になると、僕でさえ、そう思い始めていた。テレビを通じて飛び込んでくるアメリカの、その規模と明るさに負い目を感じつつ憧れを禁じえなかった僕でさえ、である。敗戦の影が色濃く残る港町浜田市で過ごした幼少時代は、貧しかったせいもあるが、今の向こうには未来があり、それは光り輝くようなものだ、などといったイメージなど微塵もなかった。周りにはいつも死の影が漂い、小さな喜びをついばむように暮らすことが日常だった。

1963年。今になって思うと、この年こそ、僕の意識せざる転換の年だったように思う。60年代のモノ作りを、と、熱い想いで始めた60sFACTORYだが、当時のモノ作りのノウハウやスピリットを僕が知るはずもない。それについては、今でも教えを請わなければならないことだらけの状態だ。しかし、それでも湧き出てくる想いは、きっと、1963年の頃に感じていた誇りや希望や喜びに根ざしているのだと思う。このプロデューサー日記を書き始め、何を書こうかと考えているうちに、そう思うようになった。思春期の目覚めと重なっただけかもしれない。音楽、スポーツ、初恋‥‥。理屈ぬきに全身で受け止めていたその一つひとつに、輝き始めていた60年代の日本の息吹が溶け込んでいたのだろう。おそらく、団塊の世代全員が感じた息吹が‥‥。

   60sFACTORYプロデューサーKAKKY(柿本)

   60sFACTORY週間活動日記は、こちら

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