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追憶の「プレイダンテ」

三井不動産の大型都心開発、「東京ミッドタウン」が華々しくオープンした。この手の開発に共通している「高級志向」に懐疑的な僕の好奇心は微塵も掻き立てられることはなかったが、どのテレビ局も同じような取材をし、同じような番組作りをして、恥ずかしげもなく公共の電波を汚している陰で、僕に届いた訃報は、24時間の無力感を僕に残した。

旧防衛庁脇(東京ミッドタウンの脇の道)、赤い扉の店「プレイダンテ」は、男性4人が仕切っていた店。VAN倒産の直後、アメフットチームVANGUARDSのマネージャーをしていた中田先輩に連れて行かれたのが最初だった。1978年、初夏のことだったと思う。

赤い扉を開けると、大きな丸テーブル。常連の席だと教えられた。正面の壁、左側の壁に沿ってソファ席。小さなテーブルを挟んで向かいに椅子席。右側には、アコースティック・ギターを抱えた人が座り、透き通るような声でアリスの歌を歌っていた。フロアは、2名。店長と思しき人の笑顔のいらっしゃいませに誘導され、丸テーブルの片隅に腰を落ち着けようとしたら、間奏のメロディーに合わせるようないらっしゃいませが、マイクを通して店内に響き、ついで、やや長身の優しい笑顔がいらっしゃいませと、横から覗き込んできた。僕は、いきなりその夜、閉店までいて、朝5時過ぎに店の表で、みんなでラジオ体操をして事務所に帰っていった。

それから、仕事仲間と再訪したのをきっかけに、僕は常連へと昇格していった。あっという間の出来事だった。深夜まで仕事をして、顔を出す。空いてる席に座る。すると、30分も経たないうちに、そこに礼儀正しく親密な空気が漂い始めた。冗談や悪戯にも寛容な空間。地位や境遇も無関係な人と人の出会いと交感が、そこ「プレイダンテ」にはあった。やがて僕は、週に最低3回はそこに行き、そのほとんどを閉店まで過ごした。疲れなど感じなかった。むしろ、暖かく癒されていた。

店長は、モリヤさん、同世代。アパレル出身だったと思う。なかなかの芸達者。長身のフロア係は、アキラちゃん。無名塾出身の、笑顔が素敵な優しい男。二つ下だったように思う。ギターと歌は、シンゴちゃん。青年の雰囲気漂うバイク好きの優男。パルコのCMソングをオリジナルの曲で歌い、アルバムデビュー。優男ゆえに、お化粧して撮ったジャケット写真が、それ以降ずっと「初代ビジュアル系」とからかわれることになった8歳下。キッチンは、カミちゃん。店に出て仲間に加わりたくていつもちょろちょろしてるお人好しの9歳下。みんな楽しくていい人たちだった。

4月8日(日)、「プレイダンテ」で知り合い、やがて僕が当時経営していた企画・制作会社「オフィス・フライデイ」の社員になり、今ではプロダクションをやっているフナちゃんから、「シンゴちゃんが亡くなった」との電話あり。西麻布から六本木に抜ける星条旗通り沿いのB1で「クォーク」という店のオーナーになり、相変わらずの美声を聴かせていた万年青年。肺ガンだったとも知らず、死ぬまで年に1回は顔を出して懐かしい話をしようと思っていた男だ。前日の夜、自分の脳卒中経験とリハビリ経験をおもしろおかしく話しに行かなくては、と思い出していた矢先のことである。

同じ電話で、アキラちゃんも肺ガンで昨年5月に亡くなっていたことも知らされる。アキラちゃんが、5月。僕が、9月。シンゴちゃんが、4月。僕は二人に挟まれて、生かされたような感覚だ。少しずつ社会復帰をしているものの、まだ疲れがちな心と身体に、楽しい思い出と空虚なやるせなさが覆いかぶさって、しばらく俯いて過ごさざるを得なかった。

50代後半。これからは失っていく季節だ。だからこそ、確かなものを大切にしたい。改めて、そう思った。

追憶の「プレイダンテ」。思い出を楽しいままにしておくのは、難しいことだ。

60sFACTORYプロデューサー KAKKY(カキモト)

60sFACTORY活動日記

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コメント

突然の書き込み失礼します。

私ももう15年通った店です。
マスターのご逝去本当に残念で悲しい限りです
彼の歌声は一生忘れません

おいでよ僕のベッドに
僕のかわいいひと
ふたりの愛の夜を
静かにすごそうよ

投稿: のりすけ2.0 | 2007年10月 3日 (水) 03時09分

クォーク。いろんな思い出が詰まっている店だった。六本木で一番好きな店でした。一昨日、店を訪ねたら「しんごさん、亡くなったんです」と・・・。13年前に店へ通い始めてから、事務所をたたんで六本木から遠ざかったのが、5年前。2年ぐらい前に行ったとき、そういえばタバコに火をつけて一口吸ってすぐ消していたことを、今思い出しました。そのころから悪かったんですね。息子が小学生のときお店に連れて行き、しんごさんにギターを教わった。その次男が先月メジャーデビューしました。そのCDを持ってお店に行ったら、悲報を聞かされたです。一周忌も済ませたとのこと。本当に残念です・・・。天国へ旅立ったシンゴさん、ありがとう!!ご冥福をお祈りします。

投稿: ぶちやん | 2008年8月 1日 (金) 11時53分

突然の訪問で失礼します。
昨日が、シンゴさんの命日でしたね。
クォークは、5月で閉店だそうです。

投稿: GAOH! | 2010年4月 7日 (水) 23時27分

GAOHさん

シンゴちゃんの命日は、4月7日だったんですね!
命日を教えていただき、感謝します。

実は、その日、おなじくプレイダンテのスタッフだったアキラちゃん(喫茶店のオーナーになっていた彼も、シンゴちゃんより一足早く亡くなっています。しかも、同じ病で)の夢を見ました。アキラちゃんは元気で、あの優しい微笑を浮かべながら、「シンゴは、元気なの?相変わらず、ギターと歌で頑張ってるの?バイク、乗ってるのかなあ‥」などと、話しかけてきました。
GAOHさんのコメントを読んで、ドキっとしました。
思わず、飲んでしまいました。

投稿: Kakky | 2010年4月21日 (水) 19時25分

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