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偉大なるアメリカンポップス

僕の家にあった電化製品は、二槽式洗濯機、電気釜、扇風機、そしてラジオだった。幼い時から僕はラジオが大好きで、家にいる時はラジオの前に座り、新聞や本を広げているか、寝転んでまどろみながら、ラジオから流れてくる音を耳にしていた。聴いていたのは、NHK第一か第二。民放は、その存在さえ知らない時代が長かったせいか、1局聴けるようになっても馴染めなかった。したがって、聴いている番組といえば大人と一緒。ニュース、落語、相撲中継、歌謡番組、ラジオドラマが主。大の長島ファンだったが、プロ野球中継とは縁がなく、新聞と少年誌を通じて、あるいはたまに連れて行ってもらう映画小屋で観るニュース映画を通じてその雄姿を垣間見ているだけだった。

僕のアイドルは、三橋美智也だった。紅白も彼がいるから、毎年真剣に白を応援していた。今思うときわめてモダンな戦後の音楽は肌に合わず、大人も熱中していた美空ひばり、雪村いづみ、江利チエミの三人娘は、歌手というより歌う映画スターに見えていた。

そんな僕が「ダイアナ」を耳にした時のショックは、おわかりだろうか。「アイムソーヤングエンジョーソーオール」そう聞こえたメロディーとリズムは、僕に“まったく違う世界”の存在を痛切に知らしめたのだった。1962年、もうすぐ中学生になるという春浅い頃のことだった。

                                    60sFACTORY プロデューサー Kakky(カッキー)

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コメント

私も団塊世代の姉の影響でアメリカンポップスをラジオでよく聴いていました。山形の田舎で。
「小島正雄と9500万人のポピュラーリクエスト」は小島正雄の洒脱な名調子と心地よい音楽で、聴きいった時代が懐かしい。そう、聴こえてくる曲をカタカナにしてよく覚えたものです。
ポール・アンカと人気を二分したニール・セダカの“Calendar Girl”は
♪アラッバ ラッバ ラッバ キャレンダギュー イェースウィー キャレンダギュー♪ でした。

投稿: KEN | 2007年2月 6日 (火) 20時55分

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