« 団塊世代だから?気になってならない60年代。 | トップページ | 偉大なるアメリカンポップス »

山陰、片田舎の少年の60s

VAN入社の頃、何人かの先輩に、僕は「田舎者」と呼ばれていた。少し不愉快ではあるが、「そのとおり!」とも思っていた。事実、僕は田舎の出身であり、洗練という概念とは程遠いところにずっといたからだ。大学時代も「男がファッションなんて」と広言し、男だらけの酒宴の日々に明け暮れていた。そんな男が自ら望んでVANに入社したのだから不思議であると同時に、あまりお似合いとは言えないのは確かだ。(教授の一人に、「ヴァンヂャケットという会社に行きます」と言ったら、「お~~、大変やでえ、外資系は」と言われたのをよく覚えている)ファッションに興味があるない以前に、単なる世間知らずだったのかもしれない。

僕は、島根県浜田市という山陰有数の港町で生まれた。町名は、錦町だったと思う。飲み屋が軒を並べている狭い路地だった。家庭の事情で、五年生までに五回の転校をした後、小学校6年生の時、島根県益田市横田町に転居した。1961年のことだった。僕の60sの始まりだった。

隣の徳田さんが大家の借家。玄関を入ると六畳、それを抜けると四畳半、その奥に三畳、台所は土間、井戸からくみ上げた水をかめにためて使っていた。一旦外廊下に出て五右衛門風呂の風呂とボットントイレに行くという造り。それでも、それまでの住環境よりもグレードアップした感じだった。

そして、僕はそこで「アメリカ」に触れたのだった。

               60s FACTORY プロデューサー Kakky(カッキー)

|

« 団塊世代だから?気になってならない60年代。 | トップページ | 偉大なるアメリカンポップス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/207308/5206114

この記事へのトラックバック一覧です: 山陰、片田舎の少年の60s:

« 団塊世代だから?気になってならない60年代。 | トップページ | 偉大なるアメリカンポップス »